株式会社シェアメディカルの創業ストーリー

医療ICTの限界へ再挑戦

テーマ:起業したきっかけ

2011年の東日本大震災、今思えばあの時から私の人生は大きく変わったのです。あの日、私が目撃したのは映画のような大津波の映像でした。テレビの前で「早く逃げろ!」と叫ぶことしか出来なかった自分の無力さを痛感したと同時に、その荒波が私の自信をすべて押し流していった瞬間だったのを今でも覚えています。 それまでの私は日本最大級の口コミ病院検索サイトを開発するITベンチャーで働いていました。そこでは2008年iPhone上陸と同時にスマートフォンの医療分野での親和性をいち早く見いだし、病院検索、お薬検索など医療アプリを相次ぎリリースし事業化に成功。名実ともに医療ICT推進に全力を傾けていました。医療界はIT化が遅れていたため、医療ICTを推進することは社会保障財源の増大を抑制し皆保険制度の崩壊を防ぐ特効薬だと信じて疑っていませんでした。 しかし、あの日を境に私の自信、信じてきたプランはもろくも崩れ去ったのです。私は何もできませんでした。何もなくなった更地の街をテレビで見るしか無かったのです。一方、多くの医師や薬剤師が被災地に現地入りして避難所で活動を始めるニュースを知りました。私の友人の医師や薬剤師も、災害派遣医療チーム(DMAT)の一員として自分のクリニックや薬局を閉めて現地入りしていたのです。 私はというと、出来ることと言えば、Twitterで寄せられる膨大な救援依頼の中からデマや嘘を精査し適切な人や組織に転送するくらい。そんなことしか出来ない自分が悔しく、無力な自分を心の底から恥じました。 そんな時私の元に、携帯のアンテナ基地さえも破壊されていた被災地から「スマートフォンがあっても通信できないので役に立たない」という医療者の悲痛な叫び声や、被災者の「自分がどんな薬を飲んでいたのかわからない」という声が聞こえてきました。そこで私はTwitterで知り合った薬剤師らと協力し、疾患ごとに多く処方される薬をリスト化し、探せるようにするプロジェクトを企画からわずか数時間で実行することを決めたのです。完成まではたった数日、会ったこともない人たちと協力し、出来ることを分担し、驚くべきスピードで仕上げていきました。そして、それらは多くの現地医療者の方にツールとして利用され、役立ったと聞きました。この話を聞いて、私は『まだ出来る!災害時でも利用できるアプリを作るんだ!』と思い、何かに取り憑かれたようにアプリ開発を企画したのです。日本の処方医薬品は約2万種、それをタブレットで検索する、しかもネットワークが途絶した環境でもスタンドアロンで動き、ネットに繋がる平時は自動で更新し情報は常に最新に保つ、そんな無茶な要求にエンジニアも巻き込み一つ一つ困難な技術課題を解決していきました。 しかし、順調にアプリ開発を進めていた中、またしても医療ITを推進する私の行動を全否定されるような瞬間を目撃することになったのです。 ある時、被災地のクリニックの映像が目に飛び込んできました。今でも鮮明に覚えています。そこでは医師が瓦礫の中から、泥だらけの紙のカルテを掘り出し、綺麗に洗い、窓ガラスに貼り付けて乾かしていたのです。「これで患者さんの記録がわかります」そう医師は言っていました。電子カルテシステムは津波の海水に浸かり修復不能だというのです。私はその現実を知った瞬間、膝から崩れ落ちました。結局、私が得意気になっていた医療ITは巨大な災害の前には無力であり、否定し続けてきた紙のカルテなどアナログなツールが日の目を浴びていたのです。「医療ICTは役立たないのか?」その時、私のすべてを否定された気がしました。 それから月日が流れ、日本では東京オリンピックも決まり、世の中は日常を取り戻しつつありました。しかし、私の気持ちはあの時のまま、何も変わっていませんでした。エンジニアとして、医療ITに携わるものとして、「もっと出来ることはなかったのだろうか?」 あの時のような妙な高揚感はなく自己否定と無力感だけが残っていました。大きな災害や事故から奇跡的に生還した人々を襲うサバイバーズギルト。そのような方々に近い環境下に身をおく中で、私は何をやっているのだろう? 迷いは日増しに高まるばかり。「本当にこのままで良いのだろうか?」答えが見えない暗闇の中で、そんなことを日々悶々と考えていたのを今でも覚えています。 震災時の医療従事者の方の姿を見て私は自分の無力さを感じました。そして医療ICTを推進してきた自分を否定する気持ちにもなりました。しかし一方で私を突き動かしたのもやはりあの時の医療従事者の方の姿だったのです。限られた環境の中で必死に命をつなぐ医師の姿に心打たれ、その姿を一瞬たりとも忘れることは出来ませんでした。 そして、東日本大震災から3年の2014年3月「もっと臨床現場に近いところで働きたい」と起業を決意し、医療の世界に骨を埋める覚悟で、私は愛着ある会社を退社することにしたのです。 何か勝算があったわけではありません。私には家族も居ます、当時既に歳も40を超えていました。「気軽に挑戦できるものではない」「辛く険しい挑戦かもしれない」それでも、医療の現状、携わる多くの医療者の苦悩、そして被災地で更地になったクリニックで必死にカルテを探し、治療を続ける医師がいること。私はそれを知ってしまった。変えられるのは今しかないし、そして変えるのは他の誰でもなく私でありたいと願い、自分が敷いた安定したレールから外れる決断をし、2014年9月株式会社シェアメディカルを起業したのです。 震災を機に医療機関やクリニックに通いつめ、医師など医療者の苦悩を聞く中、医療者同士が安全に患者さんの情報をネット経由でやりとりするツールが無い事を度々耳にしていた私は、ネット上で医療情報を医療者同士でやりとりするための専用のツールが必ず必要になると確信しました。折しも日本の社会保障費が高騰し続け、厚労省が入院を抑制し在宅診療にシフトさせる施策を推進していたのも私の背中を押す追い風となり、「コミュニケーションこそ人間の原点であり、ツールは道具でしか無い、プロ同士が安心してつながるツールを作ろう!」という想いで、誰でも使えるシンプルな医療専用のチャットツール「メディライン」を作りました。また、これから訪問診療などで多くの医療者が患者の元に出向くスタイルが増えるでしょう。待つ医療から向かう医療へ大きくパラダイムシフトしていくのです。 そんな時、メディラインを使って欲しい、そして私は、いつの日か、メディラインという名詞が動詞に変わることを願っています。「メディラインしとして!」と電話のように医療者なら誰でも使うツールを夢見ているのです。 まだまだ道のりは険しい、でも仲間とともにこの道を歩んでいきたい。いずれ自分も老いてくれば医療のお世話になる時もこよう、その時に、若い医師がメディラインを当たり前に使う姿を見たい。それが私の夢であり、進む道なのです。

最終更新日:2017-01-30 16:43:43

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